大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1784号 判決

控訴人が破産法第七十二条第一号または第二号に該当すると主張する破産会社の行為は、破産会社が昭和二十八年十二月二十四日被控訴人中川に対し破産会社所有の別紙目録記載の宅地並びに建物を売り渡したことを指すのであつて、右売買の事実は被控訴人中川の認めるところであるけれども、同被控訴人は右は否認の対象とならないといつているので、破産会社が右売渡をなすに至つた経緯を調べるのに、成立に争のない甲第一号証の一、二、丙第一、第二号証、原審証人高橋昭の証言、同証言によつて真正に成立したと認める甲第二号証、同第五、第六号証、当審証人田丸英穂の証言、同証言により真正に成立したと認める甲第四号証、原審並びに当審証人小松治雄、武田繁原審証人佐々木政三郎、高橋すみゑの各証言並びに当審における被控訴人(被告)中川熊一本人尋問の結果を綜合すれば、破産会社は、保全経済会の破綻以来業績とみに悪化し、その債務の支払も、昭和二十八年十月末頃から支払期限におくれるようになり、一部の支払を継続していたものの、同年十一月二十三日開催せられた臨時取締役会に報告せられた支払遅延債務総額は金二千百四十万円に達していたこと、ことに破産会社川崎支社においては、その傘下の川崎営業所関係の分だけでもその額は金五百万円を超え、井原粉出ら一部の株主から極めて強硬に払込金の返還を請求せられていたので、これが弁済資金調達のため、破産会社代表取締役、通称香城こと武田繁は、破産会社川崎支社長小松治雄と相謀つて、破産会社の所有にかかる別紙目録記載の宅地建物を買戻約款附で被控訴人中川に売り渡すこととし、昭和二十八年十二月二十三日売買代金を金三百万円、買戻代金を三百二十一万円、買戻期限を昭和二十九年五月三十一日と定めてその旨の契約を締結し、小松治雄は、破産会社代理人として、同月二十四日売買代金を三百二十一万円としたほか右と同旨の公正証書(丙第一号証)の作成を了し、翌二十五日その旨の買戻約款附所有権移転登記を経由した上、川崎支社の近くの飲食店の二階で、被控訴人中川から右売買代金三百万円を受け取り、特に招致した井原粉出ほか三名の株主債権者に対しこれを株式譲受金として交付したこと、このように破産会社は、当時既に弁済期の到来した多額の債務を負担していて、これが支払に困難を感じていたが、未だ全面的に支払を停止するまでにはいたらず、武田繁、小松治雄ら破産会社の首脳者も、破産会社所有の熱海所在の土地は時価少くとも七千五百万円であつて、これを売却するときは、裕に現在の苦境を脱却して会社の再建も可能であると確信し、それまでのつなぎとして一部強硬な債権者の追及をまぬかれる手段として本件売買行為をなしたものであつて、さればこそ買戻約款附としたのであり、約定の買戻期間内には必ず買い戻しうるものとかたく信じ、その旨買主である被控訴人中川にも告げていたのであるが、事予期に反し熱海の土地が売れなかつたため、買戻期間内に買戻権を行使することができなかつたのみか、ついに破産宣告を受けるにいたつたこと、そして昭和三十一年十二月二日における破産管財人の調査によれば、昭和二十八年十二月一日現在の破産会社の資産は約六千五百三十七万余円、負債は約四億一千八百九十万余円であつたこと、をそれぞれ認めることができる。

以上認定のような事実関係の下になされた本件土地建物の売渡は、破産会社の財産状態険悪なる時にその所有不動産を散逸しやすき金銭に変えたという点において、特段の事情なき限り、あるいは破産債権者を害するものであつたということができるであろう。しかしながら、本件においては、会社再建の障害たるべき一部債権者に対する弁済資金調達の方法としてなされたものであつて、その代金三百万円も原審証人石沢三良、安川英一の証言ならびにこれら証言によりその成立を認めうべき乙第一号証によれば、時価に比して特に不当の廉価ということができず、いなむしろ時価相当というべきであつて、しかも売主たる破産会社側は売り切りにするつもりは毛頭なく、約定の期間内にこれが買戻をなし得ることの可能性を信じていたのであつて、会社経営者としてこの確信の下に一時会社財産を処分することもまた無理からざるところであるから、破産会社に詐害の意思があつたとはとうてい認めることができず、また相手方たる被控訴人中川も詐害の事実を知らなかつたとなすのが相当である。控訴人は、被控訴人中川は、破産会社の債権者井原粉出らと通謀し同人らに不当の弁済を得させるため本件売買をなしたと主張するが、右事実を認めるに足る的確な証拠がないので、これをもつて破産者の詐害の意思または受益者の悪意を推定すべき特段の事情となすことができない。このように、本件売買にあたり、破産会社に詐害の意思があり、被控訴人中川が悪意であつたことは、とうていこれを認めることができぬのであるから、本件売買行為がその結果において破産債権者を害するものであつたとしても、破産法第七十二条第一号によりこれを否認することはできず、むしろ否認せらるべきは井原粉出ら一部債権者に対する弁済行為そのものであるであろう。

(大江 渡辺辰 猪俣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!